2018年5月8日火曜日

5月8日の日記:三浦茜とけいおんSSと私

三浦茜という名前を思い出した瞬間から、さながらプルーストが(あるいはプルーストの主人公が)マドレーヌから幼年時代のすべてを蘇らせたように、過去の一時期の記憶や感情が瞬時に蘇ってきた。
三浦茜というのはもとはVIPから生み出されたキャラクターで、「『けいおん!』の新キャラ」という体裁で作り出された架空の女の子の名前だ(アニメのキャラクターという意味で架空だし、そもそも本当はアニメにそんなキャラクターは登場しないという意味で二重に架空)。
私自身は三浦茜が作り出される流れには一切コミットしてない(だから三浦茜がVIPで作られたという説明が本当なのか確実には知らない)けれど、ある時期にのめりこんでいた2chのけいおんSSにおいて何度か三浦茜と出会っていた。したがって、三浦茜という名前は私の中で、けいおんSSに耽溺していた時期の記憶と強く結びついている。
当時私は激しい睡眠障害の中にいて、夜昼関係なくPCに向かってけいおんSSを読み漁っていた。布団の中で日が昇る頃までSSを読み続け、やがて目を閉じてつかの間の眠りを得て、日が昇り切ると再び目覚め、またSSを読み、眠った。「当時」が、具体的に西暦何年から何年までのことだったのかはわからない。圧倒的な睡眠不足の中で日常のすべての記憶が曖昧になっている。
自分自身の生活が失われていった中で、けいおん!にまつわる記憶だけが、あたかも自分自身の行為の思い出であるかのように鮮明に脳裏に焼きついている。
SSの中では時に平沢唯が恋をし、歌を歌い、旅をし、妹を犯し、糞を漏らし、人を殺した。そこには青春と退廃と、性欲と純潔と、高尚なものと堕落したものと、美しいものとどうしようもない塵芥といったあらゆるものが含まれていた。けいおんSSは当時世界のほとんどすべてだった。
三浦茜はそこに現れた。彼女は架空のキャラクターである以上、公式の作品に登場しないことはもちろん、二次創作のSSの中ですらそう頻繁に描かれる人物ではなかった。彼女のプロフィール、性格や言動の特徴も曖昧だ。三浦茜。軽音部の部員。担当楽器はユーフォニアム。あだ名はデビちゃん。それだけだ。そもそも彼女の存在を知らないファンの方が大いに違いない。それでも確かに、彼女はけいおんSSという大きな世界を構成する一要素であり、したがって私の人生のある時期の欠かせない部分だった。
そんな、小さくとも重要な存在である三浦茜の名をつい先程まで忘却しきっていたのは不思議なことのようだ。だが同時にそれは当然のことかもしれない。なぜなら、彼女がその一部であるけいおんSS自体(私の人生の一時期)の記憶が損なわれ、そのアクチュアリティを失い、私の中から消えて行っていたからだ。
彼女の名前と、それに紐付いたすべての記憶が蘇った今、そのこと自体に痛切な思いを抱くと同時に、彼女に対して申し訳ない気持ちを感じている。そして同時に、失われたすべてのよきもの、あしきものへの感傷を持て余し気味にも感じている自分がいる。