2022年1月11日火曜日

1月上旬に読んだ本

今年は1日1冊、年間365冊読むことを目標にしている。
一度も読んでいない「積読」がたまっているし、必要があって読み返したい本もたくさんある。365冊では追いつかないくらいだけど、とりあえずこのくらいを目安にしていきたい。
漠然と年間365冊と考えていると多分あっという間に守れなくなりそうなので、とりあえずは一月を3分割して、上旬・中旬・下旬にそれぞれだいたい10冊ずつ読むことにしたい。
昨年までは漫画は読んだ本の数に入れていなかったけど、最近は漫画も積むようになってしまったし、忙しさにかまけてなかなか読めていないので、可視化するために漫画以外の書籍とは別枠で同様に記録する。
あとは映画とかも観たら記録したいけど、あいにく今月はまだ映画を観ていない。

『伊藤比呂美の歎異抄』はとてもよかった。
題は『歎異抄』だけど、親鸞聖人の和讃や手紙などの現代語訳も含まれている。
中でも正信偈がよいと思った。

ヴェイユは断章を集めた『重力と恩寵』については以前より愛読していたけど、ペラン神父宛の手紙や論文などをまとめた『神を待ちのぞむ』は今回はじめて読んだ。
その中で称名念仏について触れている箇所があって、少し意外だった。
 宗教のつとめの力を全体として考えるには、救い主の名をとなえる仏教の伝統によって考えるのがよい。仏陀によって救われることを望んでその名をとなえるすべての人々を、仏陀は彼岸において、彼自身のところまで高める誓いをたてたと言われる。そして、この誓いのゆえに、救い主の名をとなえることには、現実に魂を変形させる力があると言われる。
 宗教とはこのような神の約束以外のものではない。すべての宗教のつとめ、すべての祭儀、すべての典礼は救い主の名をとなえる一形式であり、原理的には実際に一つの効力を持つはずである。救われることを望んで一生懸命にとなえる人は、だれでも救われるという効力である。
シモーヌ・ヴェーユ「はっきり意識されない神への愛の諸形態」『神を待ちのぞむ』渡部秀訳、春秋社、2020[初版1967、新版2009]、172ページ
ヴェイユはどこから浄土教について学んだんだろうか。鈴木大拙? そのへんの事情について詳しい方がいたらぜひ教えてください。

『鈴木ユリイカ詩集』は昨年書店でたまたま手にとって、冒頭の詩「生きている貝」にひとめぼれして買ったが、やはりとてもよかった。他の詩集も読んでみたい。


1月上旬(1日〜10日)
・本
高橋源一郎『デビュー作を書くための超「小説」教室』河出書房新社、2015
長田弘『深呼吸の必要』角川春樹事務所、2018
伊藤比呂美『伊藤比呂美の歎異抄』河出書房新社、2021
鈴木ユリイカ『鈴木ユリイカ詩集』思潮社、2015
先崎学『うつ病九段:プロ棋士が将棋を失くした一年間』文藝春秋、2020
広瀬大志『広瀬大志詩集』思潮社、2016
村上春樹『海辺のカフカ下』新潮社、2005
カニエ・ナハ『用意された食卓』青土社、2016
フィリップ・マティザック『古代ローマ旅行ガイド:一日5デナリで行く』安原和見訳、筑摩書房、2018
最果タヒ『死んでしまう系のぼくらに』リトルモア、2014
シモーヌ・ヴェーユ『神を待ちのぞむ』渡部秀訳、春秋社、2020[初版1967、新版2009]

・漫画
桜井のりお『僕の心のヤバイやつ』第6巻、秋田書店、2022