思っていることをさっきの記事でうまく書けなかった。
要点はあることを断念すると、それに供給されているエネルギーが自由になるということ。
エネルギーがAとBに50%ずつ分配されているとき、AをやめるとBに100%のエネルギーが注ぎ込まれる。
ABにエネルギーを使っているときに、そこに新たな対象Cが登場すると、ABに供給されるエネルギーは目減りする。
エネルギーの総量は可変だが、随意ではない。
2014年11月6日木曜日
メモ
「なにかやりたい欲」みたいなものをコントロールすることが苦手だと思った。やる気欲。
やる気欲は私のなかで動いているパワーで、不随意に作動している。
やる気欲は特定のものに結びついている場合もあるし、そうでない場合もある。
やる気欲は使ってしまわないと消えない。
特定のものに結びついていない、強い「やる気欲」が働いているとき、私はあまり意味のない作業にその力を費やす。緩衝材をぷちぷち潰すとか。
作業的にやる気欲を消尽していることに気づいたときは、なにか別の楽しい作業に、やる気欲の対象を切り替えること。映画を見るとか、散歩をするとか。
特定のものに結びついたやる気欲が働いている場合。
こういうときに、それでいてそのパワーを使わないままでいると、行き場を失ったやる気欲は精神に強い不安を与える。
不安は、やる気欲を使い果たせば消える。
特殊なものに結びついたやる気欲の場合、他の対象に切り替えることは難しい。
なので、その不安を消すためには、結局、やる気欲の望むとおりにしてしまうか、あるいはその特定のものが消えてしまうしかない。
やること。
2014年10月13日月曜日
日記
先週の水曜日に足を挫いた。階段からジャンプしたのだ。捻挫なんてずいぶん久しぶりだったので、どうしていいか分からずに困った。しばらくすると靴のなかで足が膨らんでくるような感じがして、これはまずいと思った。家に帰ってからはろくに歩くことも出来ず、片足飛びやハイハイで移動した。少し楽しかった。湿布を貼り、それから鎮痛剤まで飲んで布団に入ったが、あまりに痛いので「これは絶対に折れている、きっと数ヶ月は歩けないだろう」と思った。結果から言えばそれは大げさな間違いだった。足は数日でほとんど元に戻ってしまった。今は痛みもない。負荷をかけると少し違和感があるが、それも明日か明後日にはなくなるだろう。
そういうわけで足が治ったので、かねてからチケットを取っていた美術館展に行ってきた。国立新美術館のオルセー美術館展(「新国立美術館」だったか「国立新美術館」だったかわからなくて、今検索して調べた)。来週で終わりのせいか、すごく混んでいた。たくさんの人間がいた。それにしても私という人間は、行列が怖い、同人誌即売会が怖いと言うけれど、こうしてちゃんと美術展には行けるのだから、コミケやオンリー即売会などにも、本当は問題なく行けるのではないか?と思った。だけど怖い。美術展には同行者がいた。即売会に一緒にいく人間はいない。(それに、一緒に行ったとして、ああいう場所では連れ立って行動はしないだろう。)同じ場所で開催中のチューリヒ美術館展のチケットも持っているのだが、一日に2つも展覧会を見る元気はなくて、大人しく帰途についた。そのうち、たぶん、来月か再来月に行く。上野駅で白玉豆大福というものを買い、カフェでビーフシチューオムライスを食べた。駅には人間がたくさんいた。
そういうわけで足が治ったので、かねてからチケットを取っていた美術館展に行ってきた。国立新美術館のオルセー美術館展(「新国立美術館」だったか「国立新美術館」だったかわからなくて、今検索して調べた)。来週で終わりのせいか、すごく混んでいた。たくさんの人間がいた。それにしても私という人間は、行列が怖い、同人誌即売会が怖いと言うけれど、こうしてちゃんと美術展には行けるのだから、コミケやオンリー即売会などにも、本当は問題なく行けるのではないか?と思った。だけど怖い。美術展には同行者がいた。即売会に一緒にいく人間はいない。(それに、一緒に行ったとして、ああいう場所では連れ立って行動はしないだろう。)同じ場所で開催中のチューリヒ美術館展のチケットも持っているのだが、一日に2つも展覧会を見る元気はなくて、大人しく帰途についた。そのうち、たぶん、来月か再来月に行く。上野駅で白玉豆大福というものを買い、カフェでビーフシチューオムライスを食べた。駅には人間がたくさんいた。
2014年10月1日水曜日
2014年9月28日日曜日
漫画を読む日記
上の絵はよくかけました。
下の話は関係ない話です。
(絵を日記に載せるのは、文を読む必要はありません、というメッセージです。)
今月の初め頃から、いよいよ漫画を読み始めました。
しばらく、漫画というものをほとんど読むことができなかったのです。
およそ1年ほど、書籍の形をしたものといえば、聖書とゆるゆり以外にはあまり縁がありませんでした。
その頃、ほとんどすべての漫画が、気が狂っているように見えました。
読むということが、むずかしく感じました。
今ではそのようには感じませんし、不自由なく大抵の漫画を(ゆるゆり以外の漫画をも)、読むことができます。
私が精神的に参っていた結果、漫画を読むことができなくなったとも考えられますが、あるいは、そのころの私こそが正常で、漫画を不自由なく読める今の私は気が狂っている、とも思えます。
今は漫画を自然に読むことができます。
かくこともつらくありません。
2014年9月27日土曜日
すぐ「やめる」という人の日記
今日は水泳の最終回です。だからもうやめます、ツイッターでラブライブ!の話をすることは。
話のつながりがわからないでしょうが、私にとってはつながってるんだ。
今朝夢を見た。
唯純の夢と、それからラブライブ!の特定のカップリングの夢を。私は寝ている最中にそういう夢を見る人間です。
唯ちゃんと純ちゃんとは、私にとってまったく幸福なものであって、なにも問題がない。二人が仲良くしていてよかった。
ラブライブ!の特定のカップリングの夢もまた、幸福なものだった。
私が頭で考えていた理想の二人の在り方とは異なるものだったけど、幸福であることは疑い得ない夢だった。
「なるほど、二人はおおよそこのようになるだろう」と思わせるに十分な説得力を持ってもいた。すばらしい夢だった。そんな夢を観れたことに私は感謝した。
夢うつつのさなかで私はそのカップリングを受け入れ、祝福する。そして彼女たちは自分とはなんら関係ないものだと改めて思うようになる。
ラブライブ!と私とはなんら関係がない。
それが私がラブライブ!を観て得た結論です。
私がなにを言っても、あるいは言わなくても、矢澤にこちゃんは存在している。
夢のなかでにこちゃんはあれほど幸福だった(特定のカプとはにこちゃんのカプだ)。夢の外でもきっとそうだろう。だったらこれ以上、どうして私などがツイッターでにこちゃんの話をする必要があるだろう。それはむしろ余計なことで、にこちゃんにはなんら関係のないことだけど、私にとっては自分のなかのにこちゃんを傷つけることになる。だからやめるのです。こういう言い方は、すでに私にとってつらいものだ。私はラブライブ!のファンですらないし、カップリングのことも好きである自信はない。
水泳から逃れるために、ラブライブ!について考え、喋る時間を増やしました。
ならば水泳が終わるのなら(水泳は終わらないけど)、ラブライブ!もまた終わるのです。
終わらないけれど。
やめます。ラブライブ!の話、やめます。
私はだいたい年に一度は、こういうことを言い出す人間なんです。体質です。なにも気にしないでください。
話のつながりがわからないでしょうが、私にとってはつながってるんだ。
今朝夢を見た。
唯純の夢と、それからラブライブ!の特定のカップリングの夢を。私は寝ている最中にそういう夢を見る人間です。
唯ちゃんと純ちゃんとは、私にとってまったく幸福なものであって、なにも問題がない。二人が仲良くしていてよかった。
ラブライブ!の特定のカップリングの夢もまた、幸福なものだった。
私が頭で考えていた理想の二人の在り方とは異なるものだったけど、幸福であることは疑い得ない夢だった。
「なるほど、二人はおおよそこのようになるだろう」と思わせるに十分な説得力を持ってもいた。すばらしい夢だった。そんな夢を観れたことに私は感謝した。
夢うつつのさなかで私はそのカップリングを受け入れ、祝福する。そして彼女たちは自分とはなんら関係ないものだと改めて思うようになる。
ラブライブ!と私とはなんら関係がない。
それが私がラブライブ!を観て得た結論です。
私がなにを言っても、あるいは言わなくても、矢澤にこちゃんは存在している。
夢のなかでにこちゃんはあれほど幸福だった(特定のカプとはにこちゃんのカプだ)。夢の外でもきっとそうだろう。だったらこれ以上、どうして私などがツイッターでにこちゃんの話をする必要があるだろう。それはむしろ余計なことで、にこちゃんにはなんら関係のないことだけど、私にとっては自分のなかのにこちゃんを傷つけることになる。だからやめるのです。こういう言い方は、すでに私にとってつらいものだ。私はラブライブ!のファンですらないし、カップリングのことも好きである自信はない。
水泳から逃れるために、ラブライブ!について考え、喋る時間を増やしました。
ならば水泳が終わるのなら(水泳は終わらないけど)、ラブライブ!もまた終わるのです。
終わらないけれど。
やめます。ラブライブ!の話、やめます。
私はだいたい年に一度は、こういうことを言い出す人間なんです。体質です。なにも気にしないでください。
私はもう…カップリングの話は…しない…
— えすに (@ssorcc) 2013, 7月 19
かんみど派です #もうカップリングの話しない
— えすに (@ssorcc) 2013, 9月 24
はああああああああああああああああああ……カプの話をやめることをやめて以来脳の何処かが活性化し続けていくのを感じている……
— えすに (@ssorcc) 2013, 11月 3
カプの話とかするのやめるのやめるのやめるのほんとにしたくなってるんです。カプの話とかするのやめるのやめるのやめたい。
— えすに (@ssorcc) 2013, 11月 10
カプ関連のエッチな話は必要やむを得ない場合なのでノーカンにしていただけませんか。
— えすに (@ssorcc) 2014, 1月 11
2014年9月26日金曜日
星空凛ちゃんと矢澤にこちゃんの絵
「あんたはそうやって、笑って暮らしてなさい」
星空凛という後輩と、矢澤にこという先輩について。
星空凛は「楽しい」のが好き。
同じ目線の仲間といっしょに遊ぶことが、星空凛にとっての最優先事項。
内と外の区別が激しいタイプ。「いっしょに楽しく遊べる」のが「内側」、それ以外が「外側」。
「生徒会長」のことは「外側」だと思って最初は警戒していた。(「りんは楽しいのがいいな」)
にこのことは初めて会ったときから楽しそうに追いかけた。ほぼ最初から「自分と同レベルで、いっしょに遊べる相手」として認識している。
よく言えば親しみを持っている。悪く言えばなめている。
「にこ先輩は上級生、って感じじゃないからにゃ」「上級生じゃなきゃなんなのよ」
甘えてる。
にこ先輩については、まあいいや。まほうつかいはじめました!
「にこはー、アイドルとかよくわからないけどー、みんなが笑顔になってくれるなら、それで幸せ!にこ」
リッスン・トゥー・マイハート。
星空凛という後輩と、矢澤にこという先輩について。
星空凛は「楽しい」のが好き。
同じ目線の仲間といっしょに遊ぶことが、星空凛にとっての最優先事項。
内と外の区別が激しいタイプ。「いっしょに楽しく遊べる」のが「内側」、それ以外が「外側」。
「生徒会長」のことは「外側」だと思って最初は警戒していた。(「りんは楽しいのがいいな」)
にこのことは初めて会ったときから楽しそうに追いかけた。ほぼ最初から「自分と同レベルで、いっしょに遊べる相手」として認識している。
よく言えば親しみを持っている。悪く言えばなめている。
「にこ先輩は上級生、って感じじゃないからにゃ」「上級生じゃなきゃなんなのよ」
甘えてる。
にこ先輩については、まあいいや。まほうつかいはじめました!
「にこはー、アイドルとかよくわからないけどー、みんなが笑顔になってくれるなら、それで幸せ!にこ」
リッスン・トゥー・マイハート。
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